館長室から

#1 卯月 「災害復興と地域の文化財」

2014.4.1

過日、岩谷堂高校の入学式で、新入生を鹿踊りで歓迎するシーンを見て、地域の文化が確かに守られていることを実感でき、とても嬉しかった。

そして、漸く軌道に乗り始めた東日本大震災からの復興事業も、地域の文化や文化財を含んだ復興であってほしいと、改めて思ったことであった。

大震災直後、津波で被災した本県沿岸12市町村内に所在する約120ヶ所の貝塚をチェックしてみると、そのほとんどが標高50メートル以上の高地に立地していた。

先の津波の最大遡上高は40メートルであるので、貝塚群は津波の被害は受けていないことになる。これは縄文時代の人々に、津波に対する防災意識が確実に存在したことを物語ることではなかろうか。約1万年続いた縄文時代では、1000年に1回3・11クラスの大津波があったことが判明しているが、縄文人は過去の大津波を記憶していたに違いない。

また、沿岸部の7~8世紀の古墳群は海を望める小高い山の急斜面に立地していることが多い。その副葬品に沿海州産の錫製装飾品などがあることから、今までは「海の見える古墳群」「海外へ雄飛した蝦夷の墓」などと呼んできたが、これも津波を避ける意図と考えるべきであろう。

このように、高台に多く所在する貝塚などの地域の文化財を調査し、その内容を地域に伝える形で復興が進められることを切に願うものである。

春
相原康二

相原康二(あいはらこうじ)

1943年旧満州国新京市生まれ、江刺郡(現奥州市江刺)で育つ。
1966年東北大学文学部国史学科(考古学専攻)卒業後、7年間高校教諭(岩手県立高田高校・盛岡一高) を務める。1973年から岩手県教育委員会事務局文化課で埋蔵文化財発掘調査・保護行政を担当。その後は岩手県立図書館奉仕課長、文化課文化財担当課長補佐、岩手県立博物館学芸部長を歴任し、この間に平泉町柳之御所遺跡の保存問題等を担当。2004年岩手県立図書館長で定年退職後、(財)岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター所長を経て、2009年えさし郷土文化館館長に就任。

岩手県立大学総合政策学部非常勤講師(2009年〜)

岩手大学平泉文化研究センター客員教授(2012年〜)

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