館長室から

#28 文月 考古学から「平泉文化」を考える奥州藤原氏の地域支配①―秀衡の家臣たち―

2016.7.1

◆平泉研究の先駆者の相原友直(1703~82)は、その平泉三部作の一つである『平泉雑記』(1773)の中に「秀衡家臣」という項目を設け、諸書を渉猟して明らかになった家臣名を列記している。秀衡の家臣を通観したものとして珍しいので紹介する(以下は『平泉町史 資料編二』によった)。

 

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考古学から「平泉文化」を考える奥州藤原氏の地域支配
相原康二

相原康二(あいはらこうじ)

1943年旧満州国新京市生まれ、江刺郡(現奥州市江刺)で育つ。
1966年東北大学文学部国史学科(考古学専攻)卒業後、7年間高校教諭(岩手県立高田高校・盛岡一高) を務める。1973年から岩手県教育委員会事務局文化課で埋蔵文化財発掘調査・保護行政を担当。その後は岩手県立図書館奉仕課長、文化課文化財担当課長補佐、岩手県立博物館学芸部長を歴任し、この間に平泉町柳之御所遺跡の保存問題等を担当。2004年岩手県立図書館長で定年退職後、(財)岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター所長を経て、2009年えさし郷土文化館館長に就任。

岩手県立大学総合政策学部非常勤講師(2009年〜)

岩手大学平泉文化研究センター客員教授(2012年〜)

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